Ruise B

ジェノサイドの傷跡

ジェノサイドの傷跡

ルワンダは、ジェノサイド(大量虐殺)が起こった国だということを知っていますか? この実話を題材にした映画「ホテル・ルワンダ」をご覧になって知った方も多いかと思います。

内戦終結後、1994年から14年以上が経った今、統治は安定し、治安はアフリカで最も良い国の一つとなっています。しかし、人々の心の傷は、まだまだ癒えているとは言い難く、その被害は、生存者にさまざまな困難を残しています。

ジェノサイドは、同じ国同士の人であるフツ族がツチ族を虐殺しました。これは民族問題に絡んで100日間で80万人以上が殺された内戦で、男性はもちろん、女性や子供も多く被害に遭いました。現在ではフツ族が裁判にかけられ多くの受刑者がいるそうですが、その裁判の終わりは見えていないそうです。加害者・被害者が一緒に暮らしていくための取り組みも進められていまが、身近な人たちを殺された人たちが許し合うのはそう簡単なことではありません。

ルイズビィのパートーナーでルワンダに在住する三戸さんは、「身近に知っている孤児たちの中にも、親の片方と兄弟合わせて8人も殺された人たち、親を殺された人たちがいます」と話します。夫を殺された未亡人、両親を殺され取り残された孤児も多く生み出される結果となりました。

ジェノサイドによって大勢の男性が殺されたため、ルワンダ国内人口の比率は女性(未亡人が多い)の割合が65%と未だに高くなっています。その女性たちの多くは心の傷を抱えながらも1家庭平均5人の子供を抱えて生活しなくてはならない状態でした。そんな影を感じさせる事なく、前向きに明るい表情でバスケットをつくる女性たちの姿には心打たれるものがあります。

こうした女性たちが家族を支え、また、自立していくための手段の一つとしてアガセチェ(元々はルワンダ王族への貢物を運ぶための利用されたひょうたん型のカゴ)などのバスケットをつくり始めたのです。

バスケットをつくっている女性たちの中には、夫を失った人たちだけでなく、HIVにかかっている人や、土地もなく、教育も十分に受けていない人たちが多くいます。こうした人たちが技術を身につけて、美しいバスケットをつくり売っていこうというのが、キガリ市(Imbuto)とルイズビィが進めている「アガセチェプロジェクト」です。被害者だけでなく、加害者もこのプロジェクトに参加することで、和解への道をゆっくり辿っていくことをめざしています。